不動産屋がチョコレート屋になった思い - 株式会社不動産投資研究所・ 一般社団法人AOH(ショコラボ)/伊藤紀幸
第一回
不動産業務に携わりもう30年になる。不動産業界に身を置く私が、ある「思い」と「志し」を持ってチョコレート工房を設立したのは、今から丁度5年前の2012年11月である。
その名前は『ショコラボ』。全国初の障がい者が働く福祉のチョコレート工房。
私は、信託銀行に勤務していた。30歳の時に障がいをもつ息子を偶然に授かった。
息子と向き合う時間を少しでも確保したいとの事情から、35歳を前にお世話になった信託銀行を退社した。比較的自由に時間がとれる格付機関のアナリストに転身し、家族とゆっくりとした時間の流れに包まれながら、家族との団らんを楽しむ生活を送っていた。
2001年に息子が養護学校(現在の特別支援学校)に入学して、初めての父親参観日に先生から衝撃の事実を教えて頂いた。当時の日本では、障がい者の働く場が今よりももっと限られていて、働いても3000円~1万円程度の工賃(いわば月給)しかもらえないのが大半という世の有様だった。愕然とし、何とも言えない気持ちで心が閉じた。障がい者の働く場を何とか創らないと、我々親が死んだ後にこの子供たちは一体どうなるのだろうと恐れ、何とかしなければと悩んだ。散々悩んだ挙げ句、障がい者の働く場の創出と工賃アップを目指せる会社をいつか設立しようと決心して、2002年に私は脱サラした。
脱サラする時に、心友からは反対された。障がい児の働く場を将来的に創る志しは賛同するが、自営はリスクがあるから脱サラしない方が良い。自分の家族さえも食べさせられなくなったらどうするのだと。
心ある複数の友人からの指摘だった。半年間、脱サラするか必死に悩んだ。
それでも、脱サラした。信託銀行時代に有り難いことに不動産鑑定士の資格を保有していたので、自宅で鑑定評価業務の個人事務所(現、株式会社不動産投資研究所)から始めた。
今思うと、私にとって信託銀行時代に不動産の仕事を従事させて頂いたのは幸運だった。
人生の転機で、自らを鼓舞して決断をするのに役立った。資格を取らせて頂いた信託銀行に深く感謝している。
妻の献身的なサポートやスタッフ達にも恵まれ、小規模ながら社業は発展していった。
その間、東証上場のグローバル・ワン不動産投資法人(三菱財閥系)というJ-REITの役員も兼務(今年で役員12年目)して、不動産鑑定・コンサルティング業務・不動産仲介業務、AM業務、講演活動と職域も広がり、様々な経験を積める仕事に恵まれた。
少しずつ資金も貯めて、独立開業10年目にして、夢である障がい者の働く場として『ショコラボ』を漸くオープンできた。
株式会社不動産投資研究所 代表取締役
一般社団法人AOH(ショコラボ) 代表理事
不動産鑑定士 伊藤 紀幸
株式会社ビル経営研究所の「週刊ビル経営」より転載(許諾済)
TAGS: ショコラボ・不動産投資研究所・伊藤紀幸・福祉のチョコレート工房 | 2017年11月20日